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2009年1月20日 (火)

爺ヶ岳(2670M)年越登山 鹿島槍ヶ岳は敗退

Dscn0975_2 Dscn0978_2 Dscn0981_2 写真は順に、出発直前、テント場(ジャンクションピーク)、爺ヶ岳南峰山頂 with A氏

[行程]

2008.12.30~2009.1.2(テント) with ガイドさん

柏原新道~爺ヶ岳中央峰(ピストン)

※天候不順のため鹿島槍は断念

[記録]

かなり寒かった。「これが冬山か…」と、もし、そこに自分が独りでいることを想像すると恐怖を感じた。気温-18度、視界およそ100メートル、西からの強風。

山が、天気の良い時の冬山とは全く違う厳しい一面を見せてきた。目の前にあるはずの鹿島槍を一度も視界に捕える事が出来なかった。ドス曇りで太陽は雲の上、かすかにそれがある場所だけは知ることができる程度。山中にいたこの四日間、昼間に空を見ることはできなかった。

初日、通行止めになっている大町アルペンラインを歩って、柏原新道からジャンクションピークへ。途中、2パーティとすれ違う。森林帯を抜けて以降は、西からの風を受け続ける。ジャンクションピークにテントを張り、ご飯を食べて寝る。この時点では、降雪もあり風は強かったものの翌日停滞することになるとは思っていない。冬型の気圧配置の威力を感じたのは寝ている時。ちょうど吹きだまりの位置にテントを張ってしまったためか、テントの周りに雪が積もり、その重みでテントの壁が顔の目の前に迫ってきて寝ていられない。2時間毎にメンバーが交代でテント周りの除雪をする。

二日目、テントを撤収して出発したものの、積雪量は多いし、風は強いし、視界は悪いしでその日はジャンクションピークに停滞することが決定。昨日の経験を活かし、テント場の風避けを強化し風の通り道をつくって、テントを張る位置を少しずらす。テントに入れば特にやることもないので、正午にもなっていないが、話をして、飲んで、話をして、飲んで、食べて。贅沢な大晦日だ。テントの周りに積もってくる雪も昨日より断然少ない。少しの工夫でこれだけ違うものなのだなと、勉強。結局この日は6時位に就寝、紅白を見ない年はあっても、紅白が始まる前に寝てしまうのは初めてだったのじゃないかな。

三日目、2009年元旦だ。例年の大晦日イベントが省略されたからなのか、元旦という実感が全くない。外は雪で、新年の初日の出どころではないし。この日の天気も前日とほとんど変わらない。が、またここに停滞というわけにもいかないので、荷物をテントにデポして爺ヶ岳山頂を目指すことになった。天候を考えると、鹿島槍までの縦走をするには危険が多いとのこと。それを自分の身で体験した。というのも、爺ヶ岳南峰に差し掛かって以降、西からの風が一度たりとも止まらない。時折、強風で体が右によろける。爺ヶ岳南峰から爺ヶ岳中央峰までの間、体の左側だけに強い西風を受け続け、左腕の感覚は鈍く、指先にはしびれが、顔の直接外気にさらされている部分は痛い。あの装備のままでは、あの天候の中での更なる行動には危険が伴ったと思う。その場にいてそう感じた。少なくとも、装備を整える必要は間違いなくあった。

四日目、ジャンクションピークから下山。

今回の冬山の経験は今後に活きると思う。ガイドさんとの登山でこのような経験ができたことに感謝します。

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